アクセシビリティとは「どんなユーザーも円滑に利用できるかどうか」の度合いだ。
近年、障害当事者や高齢者、日本語以外の言語話者などさまざまな環境下にいる方に向けた情報・サービスを届ける「アクセシビリティ向上」に関心が高まっている。
そうしたなかで「企業でのアクセシビリティ向上 『成果』をどう考える?」と題したオフライン限定セミナーが2023年10月26日に行われ、アクセシビリティの推進に挑むサイボウズ株式会社、フリー株式会社、株式会社SmartHR、株式会社Helpfeelの4社が登壇した。
■目次
- アクセシビリティ推進に取り組む企業の現在地
- テーマ【1】:自社でのアクセシビリティ向上の取り組みとは?
- テーマ【2】:成果を出すために苦労したこと、成果を出して変わったこと
- テーマ【3】:今進行中のこと、これから取り組むこと
■ 登壇者
小林 大輔 氏(@sukoyakarizumu)
サイボウズ株式会社 デザインテクノロジスト
2012年にサイボウズにプログラマーとして入社。弱視の社員のUTをきっかけにアクセシビリティの社内啓発や製品改善に取り組む。現在はクラウドサービス「kintone」のデザインシステム構築に関わる。
伊原 力也 氏(@magi1125)
フリー株式会社 デザインマネージャー
2017年にfreeeに入社。デザインチームのマネジメントおよびアクセシビリティ普及啓発を行う。ほか、Ubie、STUDIO、CULUMUのアクセシビリティ改善やサービス開発をサポート。ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)委員、人間中心設計推進機構(HCD-Net)評議委員。
山本 伶 氏 (@ymrl)
フリー株式会社 デザインシステムディレクター
2014年にエンジニアとしてfreeeに入社。社内デザインシステムを本腰入れて作っていくために異動した。デザインシステムディレクターとして、コードも書き、デザインも担当。
桝田 草一 氏(@masuP9)
株式会社SmartHR アクセシビリティスペシャリスト
2021年にSmartHRにプロダクトデザイナーとして入社し、従業員サーベイ機能のプロダクトデザインを担当。現在はアクセシビリティと多言語化を専門とするプログレッシブデザイングループを立ち上げて全社のアクセシビリティ推進に従事。
Pasta-K (@pastak)
株式会社Helpfeel エンジニア
京都大学在学中のアルバイトの期間を経て2020年に正式にNota(現Helpfeel)に入社。GyazoやScrapboxの開発に携わりながら、「エンジニアお茶会」など社内での横断的な取り組みや情報発信の推進なども行う。
■ モデレーター
yado (@giga_yadoran)
株式会社Helpfeel エンジニア
2022年にHelpfeelにエンジニアとして入社し、FAQシステムHelpfeelの開発を担当。2023年に顧客要望実現リーダーに就任し、他部署と連携を取りながらプロダクト改善に従事。趣味は個人開発。「世の中を少し楽しくする」をモットーに活動している。
■ セミナー主催
株式会社SmartHR、株式会社Helpfeel
アクセシビリティ推進に取り組む企業の現在地
アクセシビリティ向上は何をもって「企業の成果」とするのか
まずはフリー株式会社の伊原氏が、対談テーマである「成果」について定義した。成果にたどり着くまでの流れを図解すると、次のような説明になる。
最初の起点は「社内啓発」。全社でアクセシビリティへの意識を持ち、組織として「アクセシビリティとは何か」を理解・評価する仕組みが作られる。
さらにプロダクトの開発プロセス内に「改善する仕組み」を入れ、品質ガイドラインが遵守されているかをチェックするプロセスが発生する。
次に「社外発信」を実施。ガイドライン策定や、導入製品に関する情報を社外に公開する。この社外発信は業界全体への貢献や人材採用にもつながりやすく、CSR・ESGなどの企業の社会的責任やブランディング、IRなども活用できる。
最後が「マーケ・サクセス」だ。ユーザーサポートや市場開拓、新規のリード獲得から契約、ユーザーの推奨にまで至れば「成果が出ている」と言えるだろう。
テーマ【1】:成果を出せたこと、出せていないこと
さらなる成果に向けて強化していきたい「マーケ・サクセス」
この図解された「成果の定義」に基づき、各社の取り組みが紹介された。
いずれも社内啓発は堅調で、研修や勉強会を通じて「アクセシビリティとは何か」を浸透させようと取り組んでいるようだ。プロダクト開発現場での取り組みに関しても、ガイドライン策定や改善策のレビューなど具体策を持って進められていた。
一方、マーケ・サクセスの部分に関しては、各社とも共通で現在の課題と捉えており、ユーザーサポートの体制強化、社外への発信について一層注力していこうと模索している最中とのことだ。
声を上げられる場、受け止める場があるか
企業規模が大きくなるほど、アクセシビリティは求められやすくなる。ユーザーの困りごとをいかに吸い上げ、コミュニケーションを取れるかが対応時のカギとなってくるようだ。
「サイボウズでは『ユーザーからの問い合わせが来た』とサポート担当から報告が上がってくるケースが多いです。あるいは、セールスから『導入予定の企業に、どのようなサポートを提供できれば良いですか』と相談されることもあります」(小林氏)
「相談できる場所、相談できる人が社内にいるかどうか。それも、アクセシビリティの“成果”の一つだと思いますよ」(桝田氏)
「HelpfeelはFAQシステムを提供していますが、実際のユーザーは『お客様のお客様』。アクセシビリティを検証するには、『ユーザーの声を拾う』ことが重要です。距離が遠かったとしても、いかに拾いにいくかを常に考えています」(Pasta-K)
「事例」がクライアントにリーチする武器になる
アクセシビリティへの意識が高いクライアントへいかにリーチしていくか。そうした「マーケ・サクセス」に対する課題に効果的な一例に「事例の発信」が挙げられていた。
SmartHRでは積極的に導入事例を社外に発信することで、社内の認知度が急上昇。特にセールスにとっては具体的な提案先がイメージでき、モチベーションを高める効果もあったと言う。
「なぜ導入できたのか」を丁寧に分析し、マーケティングにつなげる動きは非常に重要だろう。サービス・プロダクトをビジネスとして提供している以上、ユーザーに届ける方法も含めてデザインしていく必要がある。
そのために、アクセシビリティについてセールスが語れるロジックをしっかりと提供し、責任を果たしてもらおうとしているそうだ。
テーマ【2】:成果を出すために苦労したこと、成果を出して変わったこと
社内啓発を進めた先に見えてきたもの
では成果を出すためにどのような点に苦労し、どのような変化が起こったのだろうか。初期の段階では各社とも「社内啓発」に苦労していると言う。
「アクセシビリティについての理解スピードが上がっていかない点でしょうか。『スクリーンリーダー等の支援技術を触ってみよう』と思ってもらうためには、使っている様子を地道に見せることを繰り返す必要があります」(伊原氏)
「確かに理解のスピードは遅めですね。数回研修しても、実践をしなければ身につかない」(山本氏)
「Helpfeelも社内啓発には苦労しました。勉強会を開催し、啓発活動から始めていきました。やっていくうちに関心を持つメンバーも増えてきて、みんなで正解を作っていこうとしています」(Pasta-K)
一方で成果を出せば、そうした社内啓発の苦労が一気に身を結んでいく。サイボウズやfreeeではそうした変化が目に見えて起きていた。
「成果を出して変わった点はアクセシビリティが目標設定に組み込まれるようになったことです。プロダクトの決定権を持つマネージャーがしっかり握ってくれています」(小林氏)
「社外発信によって、少しずつ状況が変わってきました。カジュアル面談に申し込む方が来るなど、人材採用にはよい影響が出ています。またダイバーシティの文脈での発信によって、社会的な認知も進められていると思います」(伊原氏)
コーポレート部門との連携が新たな観点を生む
freeeのように、アクセシビリティがコーポレートブランドや人材採用に影響を与えるケースは今後増えていくかもしれない。他部門と連携したブランディング戦略はメリットに直結しやすく、アクセシビリティを広げていくための新たな視点を与えてくれるだろう。
SmartHRでは現在、ブランドマーケティングチームと連携し、ブランディング戦略に力を入れている。「仕組みで解決できることを、やさしさで解決しない。」とのメッセージを発信中で、今後の成果が注目される。
テーマ【3】:今進行中のこと、これから取り組むこと
成果の次にあるステージに進むには
最後に、各社の今後の取り組みについて語られた。
「会社のブランドイメージへの貢献、そして導入企業への提案の『型化』です。例えば『この機能があれば障害のある従業員の方でも、うまく使えます』と提案し、運用もスムーズに進められるようにする。そのために私も商談に同席し、挑戦してみたいです」(桝田氏)
「成果物として目に見える形でプロダクトに反映すること。今までの成功体験から得た学びを活かし、ガイドラインの策定や社内の評価・仕組みの改善をもう一度見直すタイミングですね」(Pasta-K)
「開発チームのメンバー1人ひとりがアクセシビリティを守っていける仕組みを、もっと簡単にできないか考えてみたい。そして、デザイン設計の中にアクセシビリティの要件を実装し、リリースしたいですね」(小林氏)
「アクセシビリティへの理解の解像度を高めていきたいですね。そもそもビジュアル、情報設計などのUIも含めて足りていない視点もあるはず。その共通認識をみんなで作ることが、今後の大きなテーマです」(山本氏)
「freeeのプロダクトだけで仕事は完結しない。グループウェアも必要だし、チャットシステムも入れたい。さまざまな入口から、アクセシブルに仕事ができる環境を目指したいですね」(伊原氏)
「アクセシビリティ」はデザインの一部
アクセシビリティとUIは、グラデーションのようにつながっている。アクセシビリティの視点を持つことにより、情報設計が洗練され、デザイン全体のクオリティが高まっていく場合もあるだろう。
アクセシビリティとデザインを切り離して考えず、デザインの一部として認知する。そのためにも「社内啓発」を地道に進め、認知を浸透させていくことが求められている。
Helpfeelのウェブアクセシビリティへの取り組みについて
Helpfeelは、すべての人から情報格差をなくすことを目指してサービスを展開しています。
すべての人が情報にアクセスできるよう、ユニバーサルなデジタルツールであることが欠かせないと考え、創業当初からアクセシビリティを重視してサービス開発を行っています。求める情報に誰もが辿り着けるサービスを提供することが、当社のビジネスの価値だと考えています。
参考ブログ:https://blog.notainc.com/entry/2023/12/19/193339
▼ Helpfeelの技術・採用イベント情報はこちら
https://nota.connpass.com/