行内からの電話対応に数千時間。
「ハルシネーションゼロ」が地銀にとって譲れない絶対条件だった
── はじめに、DX戦略部のミッションと業務内容をお聞かせください。森田様 DX戦略部が立ち上がったのは2024年のことです。それまで部門ごとに個別最適で進めていたデジタル施策を、全行横断で実行するための部署として発足しました。現在は8名体制で、2024年7月に策定した「デジタルストラテジー2.0」のもと、「地域のDX推進」「銀行業務の高度化」「DX人材の育成・確保・展開」の3本柱で動いています。
特に大切にしているのは、「戦略」という言葉に真剣に対峙することです。目の前の業務効率化だけを目的にするのではなく、中長期的な視点で、デジタルが銀行経営や地域社会にどのような価値をもたらすのかを問い続けながら、施策を推進しています。

紀陽銀行「デジタルストラテジー2.0」:
「銀行業の高度化」において行内DXおよび生産性向上を掲げている
── Helpfeel導入前の課題をお聞かせください。
古野様 DX戦略部が動き始めてまず行ったのは、行内のボトルネック調査です。AI活用を推進するにあたり、「どの業務から手をつけるべきか」を見極めるために、行内12部署に実態ヒアリングを実施しました。
そこで浮かび上がったのが、営業店から本部各部署へ電話問い合わせが集中しているという実態です。数字としては、本部12部署が行内からの問い合わせ対応に月間数千時間を費やしていることがわかりました。
森田様 この問題の構造は明確でした。電話は「よく知っている人」「親切に答えてくれる人」に集中します。そしてその人こそが、本来は企画業務で力を発揮してほしい人材なのです。知識がある人ほど電話対応に追われ、業務に注力できないという、いわば“デキる人の宿命”状態です。
古野様 営業店側にも大きな負担がありました。通達やマニュアル、社内ポータルのQ&A集などは整備されていたものの、部署によって保管場所もフォーマットも異なり、必要な情報にたどり着くだけで相当な手間がかかります。情報の所在を把握している方は迅速に入手できる一方、そうでない人は必要な情報を探し当てられないという状況が生じていました。
また、情報へのアクセスのしやすさだけでなく、情報そのものの理解のしやすさにも課題がありました。多くの記事には当行固有の用語や金融業界の専門用語が含まれており、現場担当者にとっては内容を読み解くこと自体が一つの負担でした。加えて、本部が「これで伝わるはず」と作成した文書と、現場が実際に必要としている情報との間には、少なからずギャップが存在していたのです。
森田様 私自身、営業店の支店長を経験しているため、現場の感覚はよく理解しています。若手行員は「誰に聞けばいいかわからない」「忙しい上司に声をかけるのは気が引ける」という悩みを抱えながら日々業務にあたっています。
一方、上司側も来客対応やマネジメント業務に追われ、以前のように若手に寄り添いながら一つひとつ指導する時間を確保するには限界があります。資産運用や相続手続きなど、お客様からの相談内容が高度化・複雑化するなかで、若手行員が最初に頼れる場所がどこにもない状況が生まれていました。
行内問い合わせへの対応は、成果として評価されるわけでも、お客様に直接価値を届ける業務でもありません。必要不可欠ではあっても、いわば"見えない仕事"です。本来ならお客様対応や企画業務に力を注ぐべき人材が、電話対応に時間を奪われている。この現状を変えなければならないと強く感じていました。
── 数あるAIソリューションの中からHelpfeelを導入した決め手は何でしたか?
古野様 最大の決め手は、ハルシネーション(誤った情報の生成)を構造的に排除した設計です。銀行業務においては、誤った回答がお客様の手続きに直接影響を及ぼします。そのため、生成AIが回答を自動生成するタイプのツールは選択肢に入りませんでした。行内アンケートでも、圧倒的多数の部署がハルシネーションへの懸念を示しており、「ハルシネーションをゼロにできる」という設計は外せない条件でした。
もう一つの重視した点は、継続的に使われるUI/UXであることです。導入直後に使われなくなるシステムでは、投資対効果を得られません。利用者側は、曖昧なキーワードでも意図を汲み取り必要な情報へ導く検索体験。管理側は、専門知識がなくても記事を直感的に更新できる管理画面。この両方が直感的であってこそ「当行で使われ続けるイメージが持てる」という確信が生まれました。
2,000件の情報を集約し、「ベテランの知識」をナレッジ基盤へ変換

DX戦略部長 森田 昇利様
── 導入にあたって、最も大変だったプロセスを教えてください。
古野様 行内に散在していた約2,000件の記事を整理・集約する作業が、最大の山場でした。部署ごとに保管場所もフォーマットも違い、全体を把握している人が誰もいない状態からのスタートです。Helpfeelの記事フォーマットに各部署に入力してもらい、重複チェックをして、入稿できる形に整える作業に約3か月を費やしました。
この作業を疎かにすれば、Helpfeelは「使えるシステム」にならないという確信があったため、一件一件丁寧に精査しました。その過程で改めて気づいたことがあります。行内に蓄積されてきた2,000件の記事の大半はPC操作に関するものであり、業務そのものに関する知識はほとんど言語化されていませんでした。ベテラン行員が持つ業務ノウハウが、組織の資産として記録されていなかったのです。
森田様 ここが本質的な課題だと考えています。地方銀行は属人化の構造に陥りやすい組織特性を持っています。長年勤め上げる行員が多く、業務が複雑になるほど「あの人に聞けばわかる」という属人的な運用になりがちです。その暗黙知を組織の知識として明文化し、全行の資産にすること。それがHelpfeel導入の本質的な意義だと捉えています。
── その後、どのようなプロセスでHelpfeelを行内に展開しましたか?
古野様 展開のプロセスも段階を踏んで丁寧に進めました。まず一部の営業店で試行期間を設けました。現場の行員からの「このキーワードではヒットしない」「この手続きの記事が不足している」といった声を一つひとつ拾い上げ、本部が想定した表現と現場が検索する言葉のズレを埋めていきました。本部が「これで伝わるはず」と考えていた表現と、現場が必要とする情報とのギャップを埋めるための重要なプロセスでしたね。この地道なすり合わせを通じて、これまで属人的に蓄積されてきた現場の暗黙知を、少しずつ組織の言葉として明文化していきました。
全店展開後は、問い合わせ対応の多い事務システム部が中心となり、各部署にもHelpfeel担当者を配置しました。「自己解決率70%」と「問い合わせ削減率15%」をKPIに掲げ運用を開始し、自己解決に至らなかった検索キーワードをデータで可視化しながら記事の改善を進めています。
── Helpfeelの活用を習慣化するために、工夫していることはありますか?
古野様 「わからないことがあれば、まずHelpfeelで検索する」という行動を定着させるべく、あらゆる機会を通じて利用促進に取り組んでいます。
電話での問い合わせは、その場で解決してしまうため、Helpfeelを利用する習慣が現場に定着しにくいという課題がありました。そこで、本部から営業店への通達には必ずHelpfeelのリンクを添付するほか、電話で問い合わせを受けた際には「次回はHelpfeelもご確認ください」と一言添えていただくよう各部署に協力を依頼するなど、日々の業務フローの中に自然とHelpfeelが組み込まれるよう地道な周知を続けています。こうした小さな積み重ねが現場の行動変容につながり始めています。
── Helpfeelのカスタマーサクセスについてはいかがでしたか?
古野様 導入時には各部署への説明会を丁寧に実施いただき、記事作成においても多くのサポートをいただきました。カスタマーサクセスの支援がなければ、2,000件もの記事の精査と導入完遂は困難だったと思います。
森田様 Helpfeelのカスタマーサクセスは、導入後も課題が生じた際のレスポンスが迅速で、常に親身に対応してくださいます。「一緒に走ってくれている」という実感があり、大きな安心感につながっています。
想定超えの利用数で、年間4,400時間の照会業務を効率化
DX戦略部 DX戦略担当 古野 里沙様
── 導入後の具体的な効果を教えてください。
古野様 初月から検索数が想定を大きく上回り、現在の月間セッション数は約1,000件です。現場にそれだけ強いニーズがあったと実感しています。
KPIとして掲げている自己解決率70%・問い合わせ削減率15%に対し、導入後10か月でそれぞれ58%・11%に達しており、年間換算で約4,400時間の照会業務を削減できています。目標達成も視野に入ってきました。
特に、問い合わせ件数の多かった部署からは「問い合わせが大幅に減った」というポジティブな声も届いています。
── 他に感じている効果はありますか?
古野様 特筆すべきは、利用者から「操作方法がわからない」という問い合わせが一件も来ていないことです。通常、新しいシステムを導入すると説明会やマニュアルの整備が必要になりますが、Helpfeelについては一切不要でした。
森田様 行内ポータルのトップ画面にリンクを設置しただけで、誰もが迷わず使い始めてくれました。Web検索の感覚で直感的に使いこなせるUI/UXが、追加の教育コストなしに浸透を実現できた要因だと感じています。
DX戦略部には、「企画者が最後まで責任を持つ」という文化があります。ツールを導入して現場に委ねるのではなく、最も熱量を持つ企画担当者が泥臭い準備も含めてやり抜くようにしています。それが現場からの信頼になり、変化を根付かせる力になる。Helpfeelの導入を通じて、その確信はさらに深まりました。
ログ分析で全行のPDCAを加速。
データが組織をAI-Readyに変える
── 今後の展望をお聞かせください。
古野様 先日、蓄積してきた応対ログを活用した分析を初めて実施しました。実際の問い合わせ記録から一部を選定し、200件をHelpfeel Analyticsのクラスター分析(内容の近い問い合わせをグループに分類する手法)にかけました。その結果から22件の記事をより検索に最適化した記事へ移行することを提案いただき、実行に移しました。
この施策により、検索しても最適な記事がヒットしなかった割合が4.3%も改善されました。ログを積み上げてきたことで、現場の実態に即した改善が初めて可能になったと実感した瞬間でした。
一方で、課題も明確になりました。今回分析に使えたログは一部の部署のものに偏っており、そもそも応対記録を残していない部署も多かったのです。データがなければ、現場の実態に即した記事の生成は難しいですし、改善のサイクルも回せません。
そこで次のステップとして、問い合わせのチケット管理機能「Helpfeel Support」と問い合わせフォーム機能を全行に導入し、応対ログを組織全体で蓄積できる体制を構築します。集まったデータをもとに必要な記事を拡充し、PDCAを継続的に回すことで、現場の疑問を一つも取りこぼさない仕組みを整えていきます。データに基づく運用体制が整ったとき、KPI目標の完全達成も見えてくると考えています。
森田様 本部・営業店ともにAIリテラシーを高めることで、付加価値の高い仕事に時間と力を注げる組織へと変わっていけると確信しています。「あの人に聞くしかない」から「自分で解決できる」へ。その変化が積み重なったとき、行員一人ひとりの働き方も、組織全体の力も、大きく変わるはずです。
検索するだけで答えにたどり着けるHelpfeelの「使いやすさ」は、AIを日常的に活用する組織文化を自然と醸成していく力を持っています。その意味で、Helpfeelの導入は全行のAI活用推進における、確かな第一歩だと考えています。
── 同様の課題を抱える企業へ、メッセージをお願いします。
古野様 振り返ると、Helpfeel導入で最も変わったのは、「情報を探すことへの諦め」がなくなったことだと思います。以前は「どこにあるかわからない」「誰に聞けばいいかわからない」という状況が当たり前でした。今は検索すれば答えにたどり着ける環境が整い、現場が自信を持って業務に向き合えるようになってきています。現状を変えようとする意志と、地道にやり抜く覚悟さえあれば、組織は必ず動くと実感しています。
森田様 私がこの取り組みを通じて感じているのは、テクノロジーは「道具」ではなく「文化」に変わるということです。Helpfeelが浸透していくプロセスで、行員一人ひとりが「自分で調べる」「自分で解決する」という姿勢を自然と身につけていく様子を目の当たりにしてきました。その積み重ねこそが、AIを当たり前に駆使する組織への変革を、地に足のついたものにしていくと確信しています。
問い合わせの電話一本には、かける側にも受ける側にも、見えないコストとストレスが伴います。その双方を救うことが、私たちの本来の役割です。現場が「聞かなくても前に進める」と感じられる環境をつくること。それは業務効率化にとどまらず、組織で働く人への敬意の表れだと、私は思っています。
※本記事の内容、数値、所属・役職は、取材当時の情報です。



