情報はあるのに、見つけてもらえない。観光サイトが抱えるジレンマ
「ほっと石川旅ねっと」には、石川県内の観光に関する膨大な情報が蓄積されています。しかし、コンテンツが充実するほど、必要な情報を探し出すことが難しくなるという課題も生まれていました。
観光地域づくり推進室 担当室長 兼 コンテンツ造成事業部 担当部長 川崎 充哉様
「『ほっと石川旅ねっと』の情報量が増えるにつれ、問い合わせ対応の負荷も増大していました。石川県全域の多岐にわたる質問が寄せられるものの、職員全員が県内すべての観光知識を網羅することは難しく、回答の精度やスピードにばらつきが生じていたのです」
当時、電話やメールでの問い合わせには、20〜30名の職員が通常業務と兼務しながら対応していました。その場で回答できない場合は、関係する市町村や事業者に確認し、折り返し連絡する必要もありました。さらに、問い合わせ内容の中には、すでにWebサイト上に答えが掲載されているものも少なくありませんでした。必要な情報が見つからずに問い合わせる人もいれば、目的の情報にたどり着けないまま、サイトを離れてしまう人もいたといいます。
そこに追い打ちをかけたのが、2024年1月に発生した令和6年能登半島地震でした。震災後は、現地の観光施設や交通状況などに関する問い合わせが急増。刻々と変化する地域の状況をいかに迅速かつ正確に届けるかが、ますます重要になりました。正しい情報の提供は、観光客の安心だけでなく、地域経済の復旧・復興を支えるうえでも欠かせません。
こうした背景から、同連盟は観光客が自ら必要な情報を見つけられる仕組みづくりに着手します。
複数のサービスを比較した結果、導入を決めたのが、独自の意図予測検索技術を持つ「Helpfeel」でした。決め手となったのは、観光客のあいまいな質問にも対応できる検索性能です。観光客の検索の仕方はさまざまです。具体的な行き先が決まっている人もいれば、地名だけを入力したり、漠然としたイメージから情報を探したりする人もいます。こうした多様な検索に対応できることが、サービス選定の重要なポイントでした。
従来のFAQやチャットボットでは、想定される質問と回答を一つひとつ用意する必要があり、多様な検索表現に対応しようとすると、コンテンツの作成・管理に大きな手間がかかります。一方、Helpfeelは1つの記事に複数の検索キーワードを紐づけられるうえ、表記揺れや軽微な入力ミスにも対応できます。「この柔軟な検索性能が、導入の決め手になった」と川崎様は話します。
「観光客の方は、必ずしも明確な目的を持って検索するわけではありません。Helpfeelなら、どのような言葉で検索しても、適切な回答候補を提示してくれます。観光客の方が思いつくままに検索しても、求める情報にたどり着きやすくなると感じました」
検索データから見えてきた、観光客の知られざるニーズ
Helpfeelの導入は、情報を探しやすくするだけでなく、観光客への理解を深めるきっかけにもなりました。それまで電話やメールで受けていた質問は、対応した職員の記憶や経験の中にとどまりがちでした。どの地域への関心が高まっているのか、どのような情報が求められているのか。組織全体でその傾向を捉えることは簡単ではありませんでした。
こうした状況を変えたのが、Helpfeelに蓄積される検索データです。
観光客が入力した検索キーワードを分析することで、これまで見えにくかったニーズを把握できるようになりました。例えば、ある地域の観光スポットに関する検索が増えていれば、その地域への関心が高まっている可能性があります。特定のテーマに関する質問が繰り返されていれば、既存のコンテンツでは情報が不足しているのかもしれません。同連盟では、こうした検索データをもとに、関心の高いテーマについてブログや特集記事を作成・更新し、Helpfeelから関連ページへ誘導するなど、サイト運用の改善を進めています。
さらに、検索データからは、当初想定していなかった利用者の存在も浮かび上がってきました。
「検索データの分析を進めると、写真のダウンロードページやフリー素材、ガイド情報を探しているユーザーが多いことがわかりました。一般の観光客だけでなく、旅行会社や出版社といった事業者も多く訪れているという発見があり、事業者向けの導線整備などの施策につなげることができました。旅行商品やメディア露出が増えることは、地域全体の集客向上に直結します」
観光サイトの役割は、旅行者に情報を届けることだけではありません。旅行会社が新たなツアーを企画したり、出版社が地域の魅力を紹介したりする際にも、重要な情報源となります。検索データを通じて、どのような人が何を求めてサイトを訪れているのか。その実態が見えてきたことで、観光振興に向けた新たな施策にもつながり始めました。
コンテンツ制作から分析・改善まで。
AIエージェント活用で実現する、実質1人の運用体制
検索データの活用が進む一方で、新たな課題もありました。膨大な観光情報に対して、あらゆる質問を想定し、検索用の記事を作成し続けることには限界があったのです。というのも、Helpfeelの実務運用は川崎様が実質1人で担っていたのです。
「Webサイト内には、すでにブログをはじめとする豊富な観光情報が掲載されています。そのため、ヘルプサイトの記事を新たに作成するよりも、サイト内の情報から生成AIが回答を直接探して提示してくれたほうが効率的ではないかと考え、『Helpfeel Agent Mode』を追加導入しました」
Helpfeel Agent Modeは、Webサイト内にある情報やヘルプサイトなどの情報をもとに、利用者の質問に対してAIが回答を提示する対話型のAIエージェントです。同連盟では、これを観光客一人ひとりに合わせて情報を案内する「AIコンシェルジュ」として活用しています。
導入後、運用負荷の軽減はもちろん、「観光客の皆さまが何を求めているのかをより具体的に把握できるようになった」と、川崎様は手応えを語ります。それまでの検索は、地名や観光スポット名といった短いキーワードが中心でした。しかし、AIコンシェルジュ設置後は、観光客がより具体的な文章で質問するようになったのです。
「1泊2日で子どもと金沢に行きたい」
「ペットと泊まれる宿はあるか」
こうした質問には、単なる目的地だけではなく、同行者や日程、旅行の目的といった情報が含まれています。
「『誰と・どこへ・何日間で・どのような目的で』旅行しようとしているのかという、ユーザーの具体的な旅のストーリーが可視化されるようになりました。お客様が生成AIに問いかけるリアルなニーズを直接把握できるため、次に制作すべき特集やコンテンツのテーマ設定にも迷いがなくなりました」
ChatGPTなどの生成AIを使って旅行先を調べる人が増える一方、外部のAIサービス上で交わされる質問を観光団体が直接把握することはできません。しかし、自ら運営する観光サイトにAIコンシェルジュを設置したことで、旅行者がAIにどのような相談をしているのかを、検索データを通じて得られるようになったのです。
加えて、運用を支えているのが、Helpfeelのカスタマーサクセスによる継続的な支援です。
「日々蓄積される検索データをカテゴライズし、分析レポートの作成や改善提案を定期的に実施してくださいます。限られたリソースのなかで、客観的な視点をもちながら一緒に課題解決を考えてくれるカスタマーサクセスは、頼もしいパートナーです」
月次でのデータ分析や改善提案を通じて、日常的な運用だけでなく、観光客のニーズを踏まえたコンテンツの企画や導線の見直しも進めています。さらに今後は、検索データを連盟内や県内の市町村と共有できるダッシュボード環境の構築も検討しています。
金沢を訪れる人に、能登や加賀の魅力も。
AIコンシェルジュが後押しする地域周遊
AIコンシェルジュの役割は、観光客が入力した質問に答えることだけではありません。
同連盟が目指しているのは、一人ひとりの旅行者に新たな選択肢を届け、県内各地への周遊を促すことです。
石川県には、金沢の歴史的な街並みだけでなく、能登の豊かな自然や加賀の温泉地など、多彩な観光資源があります。しかし、観光客が最初からそれらの地域を目的地として調べるとは限りません。例えば、金沢を訪れる予定の旅行者が観光スポットを探している場合、金沢の情報だけを案内していては、ほかの地域を知るきっかけが生まれません。そこで同連盟では、AIコンシェルジュのプロンプトを工夫し、質問に対する回答に加えて、周辺地域への訪問も提案できるようにしています。
「金沢の基本情報に加えて、能登や加賀といった周辺エリアへの周遊プランも『プラスワン』として提示したり、人気スポットの案内時には混雑を避けた早朝や夕方の訪問を勧めるように設計しています。地域の観光に精通したコンシェルジュがアドバイスするように、過密を防ぎながら『点』から『面』へと観光消費を広げ、県内全域の活性化につなげる役割をAIが担ってくれています」

ほっと石川旅ねっとのサイトトップ。サイトのあらゆる箇所に「AIコンシェルジュ」が設置されている
この仕組みには、大きく2つの狙いがあります。一つは、観光客の訪問先を金沢から能登や加賀などへ広げる「空間の分散」。もう一つは、人気観光地への訪問時間を分散させ、混雑を緩和する「時間の分散」です。
こうした取り組みにより、観光客はこれまで知らなかった地域やスポットと出会い、旅の選択肢を広げることができます。一方、受け入れる地域にとっては、新たな観光需要の創出や、混雑の集中を緩和することにつながります。AIコンシェルジュが、旅行者の希望と地域が持つ魅力を結びつける。そんな新しい観光案内の形が生まれつつあります。
また、AIコンシェルジュの効果は、観光客のサイトでの回遊行動にも表れています。
以前は、Web広告を通じて「ほっと石川旅ねっと」に訪れた人が、最初に表示されたページで必要な情報を見つけられず、そのまま離脱してしまうことが課題でした。現在は、目的の情報がすぐに見つからなくても、Helpfeelを使って質問し、関連するページへ移動するという新たな導線が生まれています。
「目的の情報を見つけられずに離脱していたユーザーに対し、Web上で自己解決できる体験を届けられるようになりました。また、以前はWeb広告を打っても直帰率が高いことが悩みでしたが、現在は広告経由でサイトに来たユーザーが最初のページで欲しい情報を見つけられなかった場合でも、Helpfeelで質問してサイト内を回遊してくれるため、早期離脱を防ぐ効果も出ています。
広告費をかけて集客しても、すぐに離脱されてはただの『空打ち』です。AI検索がクッションとなり、流入したユーザーを意図したページへ適切に導くことで、広告の費用対効果を高めています」
実際に、広告流入単価とAIコンシェルジュのセッション単価を比較したところ、約1割のコスト減少が見られました。広告予算を増やして新たな訪問者を集めるだけでなく、すでにサイトを訪れた人に適切な情報を届け、興味関心に合ったページへ案内する。AI検索が、既存の集客施策をより有効に活かす役割を果たしています。
観光客の声を地域全体の財産に。データを起点に観光DXを加速
石川県観光連盟が見据えているのは、AIコンシェルジュを通じて集まるデータを、県内全域の観光振興に役立てる未来です。
どの地域に関心が集まっているのか。
どのような旅行プランが検討されているのか。
観光客が何を求め、どこで迷っているのか。
こうした情報は、観光施策を考えるうえで重要な手がかりとなります。
「今後は、『金沢観光を検討している人が、次に気になっているエリアはどこか』『各エリアにはどのような潜在ニーズが寄せられているか』といった検索トレンドを可視化することで、感覚ではなくエビデンスに基づいた観光施策を自治体・事業者一体となって議論できるようになると考えています」
これまで、観光客のニーズは宿泊者数や来訪者数、アンケートなどから捉えることが一般的でした。そこに検索データが加わることで、実際に訪れる前の関心や、旅先を検討する過程で生まれる疑問にも目を向けられるようになります。今後は旅の計画段階から、実際に地域を訪れている最中まで。AIが観光客一人ひとりに寄り添い、その声を新たな観光施策へとつなげることで、更なる地域経済の循環を図る考えです。
最後に、川崎様はこう語りました。
「Webサイトはコンテンツが充実するほど構造が複雑化し、ユーザーが必要な情報にたどり着きにくくなるジレンマを抱えるものです。Helpfeelを活用することで、既存のコンテンツ資産をフル活用しながら、ユーザーに寄り添った検索体験を提供できます。単なる問い合わせ対応の枠を超えて、地域全体のファンを増やすツールになると実感しています」
金沢から能登、加賀へ。旅先での新たな発見を生み出し、その一つひとつを地域の活力につなげていく。石川県観光連盟の取り組みは、AIを活用した観光案内が、地域全体の可能性を広げることを示しています。


